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東京地方裁判所 昭和60年(刑わ)2719号 判決

主文

被告人山内禮一を懲役二年六月に、被告人渡邉之を懲役三年に、被告人伊東兼文を懲役二年に、被告人森下安道を懲役一年に、被告人橋本孔雄を懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人山内禮一及び同渡邉之に対し、未決勾留日数中各四〇日をそれぞれその刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人伊東兼文及び同橋本孔雄に対し各三年間、被告人森下安道に対し二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

第一被告人らの経歴及び地位

一  被告人山内禮一

被告人山内は、昭和三二年に大学を卒業した後、実父政一が代表取締役をしていた株式会社アイデン(以下「アイデン」という。)に入社し、取締役岩槻工場長、取締役照明事業部長、常務取締役、専務取締役を歴任して、昭和五二年一二月代表取締役に就任し、以後昭和五九年四月二三日同社が破産宣告を受けるまでその地位にあつた。

二  被告人渡邉之

被告人渡邉は、昭和二八年二月大学在学中にアイデンに入社し、経理部長、取締役経理部長を経て昭和五三年二月常務取締役に進み、その間の昭和五一年一月アイデン商事株式会社(以下「アイデン商事」という。)の代表取締役に就任し、昭和五九年四月両社が破産宣告を受けるまでそれらの地位にあつた。

三  被告人伊東兼文

被告人伊東は、高校を卒業して洋品店や電子部品の製造会社に勤務した後、昭和四一年以降東京都内で電子部品の販売会社を経営していたが、右会社倒産後、昭和五五年にラジオ、カーステレオ等の輸出入を目的とする株式会社マルタ(以下「マルタ」という。)を設立し、代表取締役として同社を経営していた。

四  被告人森下安道

被告人森下は、旧制の中学校を卒業し、東京都内の生地問屋に勤務するなどした後、昭和三九年ころから金融業を始め、昭和四二年に金融業を目的とする愛知産業株式会社を設立し、その後商号を株式会社アイチ(本店所在地は東京都新宿区四谷四丁目二番二号、以下「アイチ」という。)と改め、代表取締役として同社を経営していた。

五  被告人橋本孔雄

被告人橋本は、昭和三〇年に大学を卒業し、家業の食肉卸業の手伝いをした後、昭和三九年ころ埼玉県熊谷市に電子部品の製造販売等を目的とする三洋電子工業株式会社を設立し、その後商号を東洋電子工業株式会社(以下「東洋電子工業」という。)と改め、代表取締役として同社を経営し、ほかに同社の関連会社東洋産業株式会社など三社を経営していた。

第二アイデン及びアイデン商事の概要及び経営の推移

一  アイデンの沿革等

アイデンは、昭和二二年二月、被告人山内の実父政一によつて設立された会社であり、東京都台東区上野広小路に本店を置き、照明器具の製造販売を目的としていた。設立後各種照明器具、音響機器及び金属組立材の製造販売を中心に業績を伸ばし、昭和三九年七月には東京証券取引所第二部上場を果たし、その後も業績伸長、業容拡大を図り、昭和五九年二月当時、本店のほか工場を三か所、営業所を五か所に有し、約三三〇名の従業員を擁していた。

また、アイデンの本店は、昭和四〇年からは同都文京区湯島、昭和五五年からは同都台東区東上野五丁目二番二号に置いていたが、同社の経営悪化に伴い、昭和五八年七月社長室ほか一部の部組織を同区東上野五丁目六番二号(アイデン商事の本店所在地と同一場所)に移転した。

二  アイデンの資本金及び発行済株式総数

アイデンの資本金は、設立時は一五万円であつたが、その後増資を重ね、昭和五二年一二月以降は五億四〇〇万円であつた。また、株式は一株五〇円の額面株式、発行済株式総数は前同月以降一〇〇八万株、発行予定株式総数(商法一六六条一項三号の株式総数)は昭和四五年一月以降二四〇〇万株であつた。

三  アイデンの経営状況の推移

アイデンは、株式上場後も業績を伸ばし、昭和四四年度決算期までは毎期二割ないし二割五分の高配当を続けていた。しかし、同社は、その売上げの大半を占める照明部門の営業を国鉄をはじめとする官公庁の需要に依存していたところから、昭和四八年の石油ショックとそれに続く政府の総需要抑制策、金融引締政策の実施等により官公庁の需要が激減したことに伴い、業績が悪化し、昭和五一年度以降は、昭和五五年度に約二〇〇〇万円の経常利益を計上したのを除き、毎期連続して経常損失を計上し、特に昭和五六年度以降は損失額が増大し、昭和五六年度には約一億四一〇〇万円、昭和五七年度には約二億四五〇〇万円、昭和五八年度には約二億八三〇〇万円に達していた。そのため、アイデンでは、不採算部門の整理、人員の削減等の経営合理化に努めるとともに、資産の処分、内部留保の取崩し等によつて欠損を埋め、辛うじて経営を続けていた。

四  アイデン商事の経営状況

アイデン商事は、昭和三四年九月に山内政一によつて設立されたアイデンの子会社であり、昭和四〇年代ころまでは、広告及び保険の代理、家庭用照明器具の店頭販売等を従業員数名で細々と続けていたが、その後前記のとおりアイデンの業績が悪化したことから、アイデン経営合理化のための受け皿会社とされ、昭和五四年ころ以降、アイデンの中高年従業員を受け入れるとともに、アイデンの不採算部門であつた特機部(写真機材、自動水栓等の製造販売を担当)の移管を受けたり、同社の不動産を債務とともに引き受けるなどした。また、そのころ不動産部を設けて不動産の賃貸、売買の仲介、マンション販売等の事業も始めたが、営業不振が慢性化して欠損が続き、アイデンからの借入及びアイデン保証による借入、手形割引などでようやく経営を維持するという状況であつた。その結果、昭和五八年一一月末当時、アイデンからの借入金は約四億四六〇〇万円、保証額は約八億八四〇〇万円の多額に上り、しかも、それらの債務は不良化し、これがアイデンの経営を悪化させる一因となつた。

五  他企業との業務提携ないし資本提携の交渉

被告人山内及び同渡邉は、かねてからアイデンの経営不振を打開するため種々の再建策を講じていたが、事態が好転せず、昭和五八年五月末の中間決算で約九四〇〇万円という多額の経常損失が計上されたことなどから、同年七月の決算取締役会のころには、他のアイデン幹部ともども、もはやアイデンの自力による経営再建は不可能であり、会社存続のためには他企業との業務提携を図るほかないと考えるようになり、以後右の方針のもとに提携先を探すこととなつた。

そして、まず、同年八月末から、電子機器製造販売の株式会社コスモ・エイティと提携交渉を始め、同年一〇月には、同社側からその子会社である株式会社オリムピックとの合併計画が提案されたが、合併の時期、比率等の条件をめぐり交渉が進まなかつたため、被告人山内及び同渡邉は、合併が実現するまでアイデンの経営を維持できるかどうかを危惧し、右の交渉と併行して他の提携先を探すこととした。その後、昭和五九年一月末この合併計画の中止が公表された。

一方、被告人渡邉は、同年八月ころ、取引先の紹介で被告人伊東を知り、さらに同被告人からヘッドホンの製造会社を紹介され、アイデン商事、アイデンと右会社及び被告人伊東経営のマルタとの取引を開始していたが、同年一一月、被告人伊東からアイデンの提携先会社として、音響機器製造販売のユニセフ株式会社を紹介され、被告人山内と相談のうえ、同社と業務及び資本の提携交渉を進めることとなり、同社から、アイデン商事の整理とアイデン労働組合の全面的協力が得られるならば二〇億円程度アイデンの増資を引き受けるし、五億円位の越年資金の融資にも応じてよい旨の意向が示されたが、労働組合の協力が得られなかつたため、同年一二月末交渉は失敗に終わつた。

この間、アイデンでは、昭和五八年一一月期決算で、前記のとおり約二億八三〇〇万円の経常損失が出たので、主力銀行三行の株式や岩槻市の社員寮を売却するなどして損失を補てんし、当期損失の計上を約一三〇〇万円に止めた。一方、アイデン商事では、右同期の決算で約一億三〇〇万円の当期損失が計上された。また、右決算期の同年一一月には、両社の資金繰りが苦しかつたことから、被告人山内及び同渡邉は、街金融のアイチから融資を受けることもやむを得ないと考え、被告人伊東の仲介により、同月末、アイデンの保証手形を差し入れたうえ、アイデン商事振出の額面合計五億二〇〇〇万円の手形割引で約三億八七〇〇万円の融資を受け、さらに同年一二月末にも、同様にアイチからアイデン商事振出の額面合計三億円の手形割引で約二億四六〇〇万円の資金を得た。しかし、それでもなおアイデンの資金繰りは切迫しており、昭和五九年一月に見込まれる約三億八〇〇〇万円の不足資金の銀行借入れができないときは倒産を免れない状況にあつた。

第三本件犯行に至る経緯

一  第三者割当増資による資金調達の方策

被告人山内及び同渡邉は、前記のとおり、アイデンの他企業との業務、資本提携交渉が成功せず、また、アイデンの資金繰りも切迫するなどの状況を前にして苦慮していた折柄、昭和五八年一二月末、被告人伊東から、光製作所と国際興業が各一〇億円程度引き受けてくれそうなのでアイデンが独自に第三者割当増資をしてはどうかとの話を持ちかけられ、昭和五九年一月中旬、残されたアイデンの再建策としては第三者割当増資によつて資金調達を図るほか方途はないと決意するに至り、当時アイデンの株価が六〇〇円を前後していたことを考慮して、一株二五〇円の発行価額による三〇億円程度の増資計画を立てることとし、そのころ被告人伊東に対し、払込金額の五パーセントの謝礼を支払うことを約束して新株引受人のあつ旋を依頼した。

被告人伊東は、右の依頼を受け入れ、昭和五八年一二月末から昭和五九年一月中旬までの間に、知人の安岡光雄から、同人経営の株式会社光製作所で一〇億円の新株を引き受けるほか、国際興業株式会社にも一〇億円の引受方をあつ旋する旨の約束を取りつけ、また、かねて融資先を紹介したことで知り合つた被告人橋本からも、東洋電子工業で五億円の新株を引き受ける旨の約束を得た。

右の約束を得た被告人山内及び同渡邉は、同年一月中旬ころ、申込期日及び払込期日を二月中とし、割当先を国際興業及び光製作所に各四〇〇万株、一〇億円、アイデン商事に三九二万株、九億八〇〇〇万円、東洋電子工業に二〇〇万株、五億円、以上四社で合計一三九二万株、三四億八〇〇〇万円とする第三者割当増資計画を立てたうえ、野村証券株式会社に幹事証券会社の引受けを依頼した。ところが、同年一月二三日ころ、右野村証券から、時価六〇〇円前後の株価に対し二五〇円という発行価額は余りにも低いこと、引受先の顔触れからすると新株の長期保有が期待し難いこと、オリムピックとの合併話が株価急騰の原因であるのにその件を白紙に戻すことが公表されていないことなどの問題点を指摘され、現在の計画のもとでは幹事証券会社を引き受けることはできない旨通告された。

しかし、被告人山内及び同渡邉は、アイデンの倒産を回避するにはどうしても二月中に増資をして資金調達をする必要があると考え、証券会社の関与なしでも予定どおり第三者割当増資を実行するほかはないと意を決し、同年一月二五日ころ、安岡光雄、被告人伊東及び同被告人から国際興業への引受あつ旋の協力を求められていた被告人森下とともに国際興業株式会社を訪れ、代表取締役小佐野賢治に新株の引受けを依頼したが、幹事証券会社なしで増資をするのでは応じられないと言つて断られ、その後安岡光雄からも先に約束した光製作所の引受けを断られてしまつた。

二  再度の第三者割当増資計画

被告人山内及び同渡邉は、当初の増資計画が挫折したものの、既にアイデンにおいて、昭和五九年二月末までに三〇億円以上の増資資金が得られることを前提として同年一月以降の資金繰計画を立てており、取引銀行に対しても、右の増資資金で返済することを強調してようやく同月末の不足資金の借入れを承知してもらつた状況であつたため、国際興業株式会社等に代わる引受先を探し当初の予定どおり増資を実行しようと考えた。

右の被告人山内らの方針に基づき、被告人伊東は、被告人森下に協力を求めたところ、被告人森下も、アイチのアイデン商事及びアイデンに対する手形債権が同年一月末で一〇億円を超えており、その保全、回収等を図るためにもアイデンの会社存続を図る必要があつたことから、同社の増資に協力することとなつた。

その後、被告人渡邉、同伊東、同森下らは、それぞれ知人や関係会社に新株の引受けを慫慂し、その結果同年二月上旬までに合計一二八〇万株、三二億円の割当先が内定し、同月九日開催のアイデンの取締役会において、

(一)  申込期日  昭和五九年二月二四日

(二)  払込期日  同月二五日

(三)  新株数   一二八〇万株

(四)  発行価額  一株二五〇円

(五)  資本組入額 一株一二五円

(六)  割当先

(1) 東洋電子工業 四〇〇万株 一〇億円

(2) 株式会社光製作所 一〇〇万株 二億五〇〇〇万円

(3) 株式会社平安 一〇〇万株 二億五〇〇〇万円

(4) 株式会社和弘商事 四〇万株 一億円

(5) 株式会社ジャパンハワイファイナンス 二〇〇万株 五億円

(6) 株式会社塩澤 二〇〇万株 五億円

(7) アイデン商事 二〇〇万株 五億円

(8) 株式会社タモン 四〇万株 一億円

とする第三者割当増資を実行することを決議した。なお、右の割当先のうち、(1)ないし(4)の各社は被告人伊東のあつ旋によるもの、(5)及び(6)の各社は被告人森下のあつ旋によるものであり、また、(8)の株式会社タモン(以下「タモン」という。)はアイデンの取引先であるが、アイデン商事が新株引受けについて同社の名義を借りたものであつた。

三  アイデン商事及び東洋電子工業の払込資金調達不能の事態

払込みを数日後にひかえた同年二月二一日及び二二日の両日、業界紙である株式新聞に、「アイデン再起多難説を追う」と題し、窮地にあるアイデンが起死回生策として第三者割当増資を打ち出したこと、幹事証券筋の意見を無視して増資を実行すること、割当先が不信を強め、商法上の問題も浮上して実行不能説も漂つていることなどアイデンの増資について不信、不安を煽るような記事が掲載された。そして、この記事を契機として、同月二一日に株式会社光製作所及び同平安から、翌二二日には株式会社ジャパンハワイファイナンスから、それぞれ新株引受けを辞退する旨の通告があつた。

その後、引受けを辞退してきた前記各社のうち、株式会社光製作所及び同平安の合計二〇〇万株の分は、被告人伊東経営のマルタが五億円を調達し、同月二四日の申込期日に株式会社和弘商事名義で埼玉銀行岩槻支店のアイデン別段預金口座に入金して払い込み、また、株式会社ジャパンハワイファイナンスの二〇〇万株の分は、被告人森下経営のアイチが、同日右和弘商事名義で富士銀行四谷支店のアイデンの同口座に五億円を入金して払い込んだ。そのほか、株式会社和弘商事及び同塩澤は、当初の予定どおり、それぞれ一億円、五億円の払込みをした。

これより先、同月二二日開催のアイデンの取締役会において、新たな割当先を、

(1)  株式会社和弘商事 四四〇万株 一一億円

(2)  東洋電子工業 四〇〇万株 一〇億円

(3)  株式会社塩澤 二〇〇万株 五億円

(4)  アイデン商事 二〇〇万株 五億円

(5)  タモン 四〇万株 一億円

とすることを決議した。

このうち、東洋電子工業の引受分については、被告人橋本は、同社の資金繰りが窮迫していたので、アイデンの新株を担保に埼玉銀行熊谷支店から一〇億円の融資を受けてこれを払込資金に充てる予定を立てており、また、アイデン商事とタモンの引受分については、被告人渡邉は、同様の方法で金融業の佳本総業株式会社から五億円の融資を受けてアイデン商事引受分の払込資金に充て、富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災海上」という。)から一億円の融資を受けてタモン名義引受分の払込資金に充てる予定を立てていた。

ところが、前記株式新聞の記事を契機として、同月二二日、佳本総業株式会社から被告人渡邉に対しアイデン商事への五億円の融資を断る旨の通告があり、続いて翌二三日、埼玉銀行から被告人橋本に対し東洋電子工業への一〇億円の融資を断る旨の通告があり、そのためアイデン商事は五億円、東洋電子工業は一〇億円の各払込資金を準備できないこととなつた。

また、被告人渡邉は、それより前の同月中旬、富士火災海上からアイデン商事への一億円の融資の条件として、銀行保証を付けることを要求され、大和銀行上野支店に相談したところ、同月二〇日ころ、タモン名義で同支店に払い込む一億円を直ちに払い戻してアイデン名義の定期預金とし、これを同銀行に担保提供するならば前記一億円の借入れに保証をしてよいとする回答を受けた。

第四罪となるべき事実

一  被告人五名は、前記のとおり、アイデンがいわゆる第三者割当の方法によつて新株一二八〇万株を一株二五〇円(払込金総額三二億円)で発行する増資計画を実施した際、新株引受人であるアイデン商事(タモン名義の分を含む。)及び東洋電子工業においてその引受分合計六四〇万株の株金合計一六億円の払込みを履行できなくなつたため、払込みを仮装して計画どおり増資手続を了した旨の新株発行による変更登記をしようと企て、共謀のうえ、昭和五九年二月二四日の株式申込期日に、アイチ等から一時的に借り入れるなどした合計一六億円を右アイデン商事ほか二社名義の新株の申込証拠金として払込取扱銀行である富士銀行四谷支店ほか一行に入金し、払込期日である同月二五日、同銀行から右一六億円についての株式払込金保管証明書の交付を受けた後、同月二七日及び同月二九日、右金員の払戻しを受けてアイチ等に全額返済するなどして払込みを仮装したうえ、同年三月九日、東京都千代田区大手町一丁目三番三号所在の東京法務局において、情を知らない司法書士伊井宏有を介して、同局登記官村井寛一郎に対し、右一六億円の株金の払込みが仮装のものであることを秘し、右の株式払込金保管証明書その他の添付書類とともに、新株一二八〇万株の払込みがすべて履行されたことによりアイデンの発行済株式総数が一〇〇八万株から二二八八万株に変更された旨の内容虚偽の変更登記申請書を提出してアイデンの新株発行による変更登記の申請をし、よつて、同日、同登記官をして、同法務局備付けの商業登記簿原本にその旨不実の記載をさせ、即日、右登記簿原本を同所に備え付けさせて行使した。

二  被告人渡邉は、同年二月二八日ころ、東京都台東区東上野五丁目六番二号所在のアイデン商事本店事務所ほか一か所において、金融会社である株式会社銀座ゴルフサービス取締役三枝孝雄に対し、確実な返済の見込みがなく、かつ、前記一の株金の仮装払込みにより発行されたアイデン商事を株主とする無効の新株券について、それが無効の株券で担保価値のないものであるかもしれないことを認識しながら、その情を秘し、「アイデン商事は、アイデンの増資に応じて五億円を払い込んだので、運転資金がショートしてしまつた。資金が必要となつたので、アイデンの新株券六〇万株を担保に入れるから二億円を貸してもらいたい。」などと申し向け、アイデン商事名義の右無効の新株券一〇〇〇株券六〇〇枚(株券番号七H〇八〇〇一から〇八六〇〇まで)を有効な株券で担保価値があり、確実に借入金を返済することができるように装つて二億円の借入れを申し込み、同人をしてその旨誤信させ、よつて、同月二九日、右アイデン商事本店事務所において、同人から借入名下に東海銀行銀座支店長振出名義の金額一億九五〇〇万円の銀行自己宛小切手一通及び現金一五六万二〇七〇円の各交付を受けてこれを騙取した。

三  被告人渡邉は、同年三月一〇日ころ、情を知らない塩澤博道を介して、東京都新宿区荒木町一五番地所在の金融会社であるマキインターナショナル株式会社事務所において、同社代表取締役牧健作こと平田博一に対し、確実な返済の見込みがなく、かつ、前同様アイデン商事を株主とする新株券が無効の株券で担保価値のないものであるかもしれないことを認識しながら、その情を秘し、「アイデンの新株券六〇万株を担保に入れるので、担保掛目を時価の七掛として二億円位貸してほしい。借入期間は三か月、利息は月三分としてもらいたい。」などと申し向け、アイデン商事名義の右無効の新株券一〇〇〇株券六〇〇枚(株券番号七H〇八七〇一から〇九三〇〇まで)を有効な株券で担保価値があり、確実に借入金を返済することができるように装つて二億一〇〇〇万円の借入れを申し込み、同人をしてその旨誤信させ、よつて、同月一二日、同区四谷二丁目一二番三号所在の株式会社三和銀行四谷支店において、右マキインターナショナル取締役向山一正から借入名下に現金一億九八二八万二〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取した。

四  被告人橋本は、確実な返済の見込みがなく、かつ、前記一の株金の仮装払込みにより発行された東洋電子工業を株主とする無効の新株券について、それが無効の株券で担保価値のないものであるかもしれないことを認識しながら、その情を秘し、

1  同月一七日ころ、情を知らない太田清一を介して、東京都中央区日本橋茅場町一丁目七番一〇号ナカヤビル三階所在の金融会社である株式会社協栄の事務所に架電し、同社代表取締役大久保忠雄に対し、「アイデンの株券一一万株を担保に三〇〇〇万円貸してほしい。」などと申し向け、東洋電子工業名義の右無効の新株券一〇〇〇株券一一〇枚(株券番号七H〇三八九一から〇四〇〇〇まで)を有効な株券で担保価値があり、確実に借入金を返済することができるように装って三〇〇〇万円の借入れを申し込み、同人をしてその旨誤信させ、よつて、同月一九日、右協栄事務所において、同人から借入名下に現金三〇〇〇万円の交付を受けてこれを騙取し、

2  同月二一日ころ、前記太田清一を介して、前記協栄の事務所に架電し、大久保忠雄に対し、「アイデンの株券を担保にもう一度融資してほしい。株価も上つていることだし、一一万株で三一六〇万円貸してほしい。」などと申し向け、前同様、東洋電子工業名義の右無効の新株券一〇〇〇株券一一〇枚(株券番号七H〇三七八一から〇三八九〇まで)を有効な株券で担保価値があり、確実に借入金を返済することができるように装つて三一六〇万円の借入れを申し込み、同人をしてその旨誤信させ、よつて、同月二二日、同所において、同人から借入名下に現金三〇五〇万八〇八〇円の交付を受けてこれを騙取した。

五  被告人山内、同渡邉及び同伊東は、共謀のうえ、同月二四日ころ、情を知らない田中源造を介して、東京都千代田区神田錦町三丁目一九番地一所在の金融会社である国際アイ株式会社事務所において、同社代表取締役古澤久榮に対し、確実な返済の見込みがなく、かつ、前記一の株金の仮装払込みにより発行されたアイデン商事及びタモンを株主とする無効の新株券について、それが無効の株券で担保価値のないものであるかもしれないことを認識しながら、その情を秘し、「アイデンの株券六〇万株を担保に一株一八八円の担保評価で三か月間金を貸してもらいたい。株価が四一〇円を割つたら追証を入れる。」などと申し向け、いずれも無効のアイデン商事名義の新株券一〇〇〇株券二〇〇枚(株券番号七H〇九六〇一から〇九八〇〇まで)及びタモン名義の新株券一〇〇〇株券四〇〇枚(同七H一二四〇一から一二八〇〇まで)を有効な株券で担保価値があり、確実に借入金を返済することができるように装つて一億一二八〇万円の借入れを申し込み、同人をしてその旨誤信させ、よつて、同日、同所において、同人から借入名下に現金一億七六二万四〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取した。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

第一  公正証書原本不実記載、同行使罪について

被告人及び弁護人の中には、本件公正証書原本不実記載、同行使罪の外形的事実は認めながらも、本件新株の効力、犯意及び共謀の点を争う者があるので、以下前判示事実を認定した理由を補足的に説明しておく。

一  新株の効力について

1  所論は、本件新株は無効とはいえないと主張する。

2  そこで、まず前掲各証拠によつて本件新株の払込みの経過をみると、次のとおりと認められる。

(イ) アイデン商事名義の一二〇万株関係

被告人渡邉は、前判示のとおり、アイデン商事引受けの二〇〇万株について、新株を担保に佳本総業株式会社から五億円の融資を受けてこれを払込資金に充てる予定でいたところ、昭和五九年二月二二日、同社から融資を断る旨の通告を受けたため、被告人伊東と協議のうえ、当時被告人伊東の仲介でアイデンとの提携話が出ていたアマストコンピューター株式会社に金策を依頼し、アイデンが短期の手形を振り出すならばこれを同社の取引金融機関で割り引いて資金調達に協力する旨の回答を得た。

被告人山内及び同渡邉は、そのような方法で資金を作つて払込みをしても、アイデンの資金事情からすると、結局は払い込まれた資金で右手形を決済しなければならず、アイデンの資金を獲得したことにはならないことを認識していたが、子会社のアイデン商事が五億円の株金払込みができないこととなると、他の引受人も引受けを辞退して増資は失敗に終わり、アイデンの信用は失墜して倒産することが必至であることから、増資が成功したような外観を作るほかないと決意し、被告人伊東も、それまでに新株引受先あつ旋の謝礼として合計一億二〇〇〇万円のアイデン振出の手形を受け取り、いずれも割り引いて現金化していたので、アイデンの倒産により右手形が不渡りになることを恐れ、アイデンの倒産を回避するため増資が成功したような外観を作るほかはないと考えた。そこで、右被告人らは、同月二三日、支払期日を同月二九日とするアイデン振出の額面三億円及び二億円の手形二通をアマストコンピューター株式会社に渡して東京都商工信用金庫秋葉原支店(以下「都商工金」という。)で割引きを受けた。そして、同月二四日、割引金のうち三億円をアイデン商事がアイデンから借用し、被告人渡邉は、これを商事引受分一二〇万株の申込証拠金として、大和銀行上野支店のアイデンの別段預金口座に入金し、翌二五日、同支店から右三億円についての株式払込金保管証明書を取得した。しかし、割引金のうち二億円については、都商工金の要求によつてアマストコンピューター株式会社名義の通知預金とされたので、残る八〇万株の払込資金に充てることはできなかつた。

その後同月二七日、被告人渡邉は、大和銀行上野支店に払い込んだ三億円を同支店のアイデンの別段預金口座から当座預金口座に振り替えさせ、同月二九日、アイデンが振り出して都商工金で割引きを受けた額面三億円の手形の決済に充てさせた。

(ロ) 東洋電子工業名義の四〇〇万株及びアイデン商事名義の八〇万株関係

被告人橋本は、前判示のとおり、同月二三日、埼玉銀行熊谷支店から東洋電子工業への一〇億円の融資を断られ、他に金策のあてもないため、同社引受けの四〇〇万株の払込資金の調達ができなくなつた。

他方、被告人森下は、申込期日である翌二四日午後、アイチ本店を訪れた被告人橋本から右の事情を聞き、当時アイチのアイデン及びアイデン商事に対する手形割引残高が約一〇億一五〇〇万円の多額に達しているうえ、アイチ自らも株式会社和弘商事名義で五億円を払い込む予定であつたことから、もしも増資が失敗してアイデンが倒産するような事態となれば多大な損失を受けることになるのを恐れ、この際は実質のない払込みをさせてでも増資が成功したように装わせる必要があると考え、同席していた被告人伊東を介して、アイデンの保証でアイチが東洋電子工業に一時一〇億円を融資する旨被告人渡邉に伝えた。

被告人渡邉は、これを了承し、さらに被告人伊東と相談のうえ、アイデン商事引受分の二〇〇万株、五億円のうち、前記都商工金で通知預金とされたため払込みができない八〇万株の資金二億円についても、アイチから借用することとし、以上の事情を被告人山内に報告して了承を得た。

そこで、被告人渡邉は、アイチ本店に行き、被告人森下に対し東洋電子工業への一〇億円についてアイデンが保証することを伝えるとともに、右アイデン商事引受分八〇万株の払込資金の調達ができなかつた経緯を話して二億円の融資を依頼したところ、被告人森下は、右通知預金の証書を担保に同被告人個人の二億円を融資する旨答えた。

また、被告人橋本は、アイデンの新株を時価の半値位で取得できるので、他から借金をして払込資金を準備したうえ、増資手続終了後同社名義の新株を売却し又は担保に入れて融資を受けることにより相当の利益を得ることができると考え、資金もないのに東洋電子工業名義で四〇〇万株を引き受けたという事情にあつたところから、他の被告人と同様、右のような方法で払込みをしてもアイデンの資金が実質的に獲得されたことにはならないことを認識しながら、増資成功の外観を作るほかはないと考え、被告人森下の提案を受け入れることとした。

そして、被告人五名の合意により、東洋電子工業引受分四〇〇万株の一〇億円については、アイデンが連帯保証人となり、返済日を同月二七日として東洋電子工業がアイチから借り受け、アイデン商事引受分八〇万株の二億円については、前記都商工金の二億円の通知預金証書を担保とし、返済日を右二七日としてアイデン商事が被告人森下から借り受けてそれぞれの払込資金とすることを決め、さらに右合計一二億円の返済日までアイチがアイデンの普通預金通帳及び印鑑を預ることを決めた。

右の合意に基づいて、被告人橋本、同渡邉らは、同月二四日、アイチ及び被告人森下から借用した一〇億円及び二億円をそれぞれ東洋電子工業引受分四〇〇万株及びアイデン商事引受分八〇万株の申込証拠金として、富士銀行四谷支店のアイデンの別段預金口座に入金し、翌二五日、同支店から右一〇億円及び二億円についての株式払込金保管証明書を取得した。

その後被告人渡邉は、同月二七日、右一二億円を同支店のアイデンの別段預金口座から普通預金口座に振り替え、アイデンの従業員が、普通預金通帳及び印鑑を持参してその払戻しをしたうえ、一〇億円については、連帯保証人のアイデンが主債務者の東洋電子工業に代わつてアイチに弁済する手続をとり、二億円については、担保を提供したアイデンが主債務者のアイデン商事に代わつて被告人森下に弁済する手続をとつた。

(ハ) タモン名義の四〇万株関係

被告人山内及び同渡邉は、前判示のとおり、アイデン商事がタモン名義で引き受けた四〇万株について、富士火災海上から一億円の融資を受けて払込みに充てる予定を立てていたが、その後同社から融資の条件として銀行保証を求められたため、大和銀行上野支店に相談し、同月二〇日ころ、同支店に払い込む一億円を同銀行のアイデン名義の定期預金としたうえ、これを担保に提供するならば右一億円の借入れについて保証をしてもよいという回答を得た。

被告人山内及び同渡邉は、右のような方法をとれば、増資後もアイデン商事が富士火災海上に借入金を返済しない限り、アイデンの資金として使用できないこととなるが、増資が成功したような外観を作るためにはそれでもやむを得ないと考え、同月二四日、アイデン商事が大和銀行の連帯保証を得て富士火災海上から一億円の融資(同年六月末以降各月末に一〇〇〇万円の返済という条件)を受け、これをタモン名義引受分四〇万株の申込証拠金として同銀行上野支店のアイデンの別段預金口座に入金し、翌二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した。

次いで、同月二七日、右一億円は、同支店のアイデンの普通預金口座に振り替えられたうえ、同月二四日に同支店に預けられていたアイデン振出の額面一億円の小切手によつて引き出されて直ちに定期預金に組まれ、同銀行の質権が設定された。その後同年四月二〇日にアイデン商事が破産したので、同月二八日、同銀行は、連帯保証人として主債務者のアイデン商事に代わつて富士火災海上に一億円を弁済する一方、昭和六〇年二月、アイデンの破産管財人に対し、右のアイデン商事破産時に遡つて一億円の定期預金と求償権とを相殺する旨の通知をした。

3  ところで、アイデンは、払込終了後に右認定の手形決済、代位弁済等をしたことによつて会社資金を流出させた反面、アイデン商事に対する合計五億円の債権(前記(イ)及び(ロ)の払込みの関係)と、東洋電子工業に対する一〇億円の債権とを取得し、また、一億円の定期預金債権(前記(ハ)の払込みの関係)を取得し、いずれの払込みについても、それにより払込金と額面上は同額の資産を得ている。

そこで、右の債権等がアイデンにとつて実質的な資産といえるものであつたかどうかを検討すると、前掲各証拠によると、昭和五九年二月末当時、アイデン商事は支払手形と借入金の残額だけで総額約四五億円の債務を抱え、また、東洋電子工業も借入金残額だけで総額約七億九五〇〇万円(ほか東洋産業株式会社など関連三社の借入金残額を合わせると総額約五一億円)の債務を抱え、両社とも倒産寸前の状態にあり、街金融で手形割引を受けるなどして当座の資金繰りをしながら辛うじて経営を続けている有様であり、到底確実な債務返済能力はなかつたと認められる。

また、被告人山内、同渡邉、同橋本らは、そもそもアイデン商事、東洋電子工業として新株引受けに応じることを決めた当初から、それぞれの会社に資金の余裕がないため、引き受ける新株を担保にどこか適当な金融先から借金をして払込資金を調達するほかはないと考えていたものであり、実際にも、被告人渡邉、同橋本らは、本件の払込終了後被告人山内に対しアイデンに代位弁済などしてもらった金員を早急に返済することを約束し、同月下旬以降、被告人渡邉らは、アイデン商事名義の新株一八〇万株(追加担保として提供したものを含む。)及びタモン名義の新株四〇万株を担保に合計五億円余りの融資を受け(判示第四の二、三及び五の詐欺)、被告人橋本は、東洋電子工業名義の新株五三万株余り(追加担保として提供したものを含む。)を担保に提供したり(判示第四の四の1及び2の詐欺)、売却処分をしたりして合計一億一八〇〇万円余りの金員を得ている。しかし、それらの金員は、アイデンへの返済には充てられず、わずかに同年三月二四日にアイデン商事からアイデンに入金された一億円(判示第四の五の詐欺に関するもの。)を右債務の返済分とみる余地があるのみで、その余の金員はすべてアイデン商事及び東洋電子工業の自社の支払手形決済等に使用され、アイデンが倒産するまでアイデンに対する債務の返済は履行されなかつた。さらに被告人橋本は、右のように被告人山内に返済の約束をしたものの、すすんで早急に返済しようとする意思はなかつたと認められる。

右の事実によると、本件払込みによつて、アイデンがアイデン商事に五億円、東洋電子工業に一〇億円の各払込金と同額の金銭債権を取得したとはいつても、それは全く名目上の債権であつて、到底実質的な資産と評価できるようなものではなかつたと認められる。

また、一億円の定期預金については、これに払込取扱銀行の質権が設定されており、しかも、前記認定のとおり、本件当時主債務者であるアイデン商事は多額の債務を抱えて倒産寸前の状態で富士火災海上に債務を返済する能力はなく、アイデンが定期預金を使用し得る可能性はほとんどなかつたのであるから、この預金を同社の実質的な資産であるとみることはできない。

したがつて、タモン名義四〇万株の払込みについても、それによつて実質的にアイデンの資産が獲得されたものではなかつたというべきである。

4  以上認定の事実に基づき本件新株合計六四〇万株の効力を検討すると、もともと株式の払込みは、株式会社の設立又は増資にあたつてその営業の基盤たる資本の充実を図ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されることが必要である。したがつて、当初から会社資金を確保する意図がなく、一時的な借入金等によつて単に払込みの外形を整え、会社設立又は増資手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済するような場合は、払込みとしての効力を有しないものというべきである(昭和三八年一二月六日最高裁判所第二小法廷判決・民集一七巻一二号一六三三頁参照)。

本件における前記(イ)のアイデン商事名義の一二〇万株は、被告人山内、同渡邉ら増資会社及び引受会社を代表する者において、当初から払込金で決済する予定のもとに、引受会社アイデン商事が増資会社アイデン振出の五日後返済の短期の手形割引金を借用して払い込んだうえ、予定どおり、五日後にアイデンが払込金で右の手形を決済したものであり、払込名義人であるアイデン商事が右の借入金を直ちにアイデンに返済した事実はなく、そうする能力もなかつたのであるから、右の払込みによつて現実にアイデンの資金が獲得されなかつたことは明らかであり、右被告人らに資金獲得の意図もなかつたと認められるから、右の払込みは単に払込みの外形を整えたもので、有効な払込みとは認められない。

次に、前記(ロ)のうち、東洋電子工業名義の四〇〇万株は、被告人山内、同渡邉、同橋本、同森下ら増資会社、借主である引受会社、貸主を代表する者らの間で、あらかじめ増資後は直ちに増資会社が払込金で代位弁済することを約束のうえ、引受会社東洋電子工業が増資会社アイデンの連帯保証を得てアイチから一時的に借用した金員で申込期日に払い込み、約束どおり、払込期日の翌々日、払込金がアイデンの株金口座から資金口座に移されるや、直ちにアイデンがアイチに代位弁済したというものであり、また、アイデン商事名義の八〇万株は、被告人山内及び同渡邉の増資会社、借主である引受会社を代表する者と貸主被告人森下の間で、あらかじめ増資後は直ちに増資会社が払込金で代位弁済することを約束のうえ、引受会社アイデン商事が増資会社アイデンの担保提供を受けて被告人森下から一時的に借用した金員で申込期日に払い込み、前同様、約束どおり、アイデンが払込期日の翌々日に右払込金でアイチに代位弁済したというものであり、払込名義人である東洋電子工業及びアイデン商事が右の借入金を直ちにアイデンに返済した事実はなく、そうする能力もなかつたのであるから、いずれの払込みについても、それにより現実のアイデンの資金が獲得されたとはいえず、また、右被告人らに資金獲得の意図もなかつたと認められる。したがつて、右の払込みは、いずれもその外形を整えたものに過ぎず、有効な払込みとは認められない。

さらに、前記(ハ)のタモン名義の四〇万株は、被告人山内及び同渡邉の増資会社、借主である引受会社を代表する者と払込取扱銀行の間で、あらかじめ増資後は直ちに増資会社が払込金を同銀行に預金担保に供することを約束したうえ、引受会社アイデン商事が同銀行の連帯保証を得て第三者から借用した金員で申込期日に払い込み、約束どおり、払込期日の翌々日、払込金がアイデンの株金口座から資金口座に移されるや、直ちに増資会社アイデン名義の同銀行の定期預金に組んだうえ、これに同銀行の質権を設定し、このためアイデン商事が借入金を返済しない限り、払込金を会社資金として使用できない状態にしたものであり、引受人であるアイデン商事が右の借入金を直ちにアイデンに返済した事実はなく、そうする能力もなかつたのであるから、右の払込みによつて現実にアイデンの資金が獲得されたものとはいえず、また、右被告人両名に資金獲得の意図もなかつたと認められる。したがつて、右の払込みも、単に払込みを仮装したものであり、有効な払込みとは解されない。

よつて、以上の新株合計六四〇万株は、すべて無効の株式というべきである。

二  犯意について

1  所論は、かりに本件新株の払込みが無効であつたとしても、被告人らは本件当時これを有効であると信じており、少くとも無効であることについての認識がなかつたから、無効な払込みに基づいて発行された無効な新株を発行済株式総数に含めて虚偽の登記申請をしたという事実については、錯誤により故意の阻却を認め又は故意の成立を否定すべきであると主張する。

2  そこでまず故意の対象となる事実は何か、また、これが錯誤の対象となる事実にあたるか否かにつき検討すると、本件において「虚偽の申立」という構成要件にあたる事実は、新株の払込みが無効なものであつたのにこれを有効なものとして発行済株式総数に含めて登記を申請したという事実である。そして、この新株の払込みが無効であつたという事実は、新株の払込みについての商法上の効果の判断を内容とするものであるから、その故意を認めるには、単に新株の払込みが仮装のものであつたという前提事実を認識していただけでは足りず、あくまで新株の払込みが無効であつたこと自体を認識していたことを要するものというべきである。

そうすると、右の前提事実を知らず、又は、これを知つていても商法の規定の解釈を誤るなどしたために新株の払込みを有効と誤解した場合には、錯誤による故意の阻却を肯認するのが当然である。すなわち、このような誤解に陥つた者は、たとえ刑法一五七条の公正証書原本不実記載罪について熟知し、これを遵守する意思を有していたとしても、その罪を犯しかねないのであるから、その者に対し罪を犯す意思があつたとして刑事責任を問うのは正当でないのである。

3  次に被告人らの認識の程度について検討すると、前掲各証拠によれば次の事実が認められる。

被告人山内及び同渡邉は六四〇万株全部について、被告人伊東はタモン名義の四〇万株を除く六〇〇万株について、被告人森下及び同橋本は東洋電子工業名義の四〇〇万株及びアイデン商事名義の八〇万株について、それぞれその新株が払込みの実質のない仮装払込みによる株式であることを認識していた。被告人らは、前記一の2認定のとおり、それぞれ払込資金の調達、アイデン株金口座への入金、その後のアイデン預金の払戻し、手形決済、債務返済等の右株式払込みに関する一連の主要な事実経過を知悉し、かつ、そのような方法で払込みをしても、アイデンの実質的資産が獲得されることにはならないことを承知のうえで、それぞれの立場から敢えて払込みを行い、又はこれに協力したのであるから、被告人らに、それぞれが関与した右の範囲の新株について、それが払込みの実質を欠く仮装払込みによる株式であることの認識があつたと認めるのに十分である。

また、被告人らは、右のような仮装の払込みが通常行われることのない事態であり、少くとも商法上問題を含むものであることについては十分承知をしていた。確かに、本件の仮装払込みは、新株申込期日の当日あるいは数日前当初予定していた方法による資金調達が不能となるという事態に直面し、法律専門家や株式実務家等に意見、助言を求めるなどのいとまもなく、急きよ被告人らのみの協議に基づいて実行したものであり、その後も自分達の行つた払込みについて、法律面からの検討を加えた証跡はない。しかし、本件の払込みが終わるや、被告人渡邉、同橋本らが被告人山内に対し増資手続終了後は早急に払込金と同額の金員をアイデンに返還する旨を約束し、さらに株券発行後も、東洋電子工業名義の株券は同社に渡されずにアイデンで保管されていたこと、一方、アイデンにおいては、本件の払込みに際し、実際には前記一の2認定のとおりの手形決済、代位弁済等をしているのに、同社の会計上は被告人渡邉の指示によつてそれとは異なる処理をし、例えば、右認定のように、二月二七日には富士銀行四谷支店の普通預金口座から一二億円を払い戻してアイチ及び被告人森下に返済していながら、その後も引き続きアイデンの普通預金として残つているような会計処理をしていること、また、東洋電子工業名義四〇〇万株の一〇億円及びアイデン商事名義八〇万株の二億円について、それぞれアイチ及び被告人森下が払込資金を一時融資することが決められた際、被告人森下から、「当方は金を貸しただけである。この件が問題となつたらすべてアイデンで責任をとつてほしい。当方は一切関係ない。」旨の発言があつたことなどが認められるのであるから、被告人らに、本件の払込みがその実質を欠く仮装の払込みであるとの認識があつたばかりか、新株の効力についての疑念があつたことは明らかである。

被告人らは、当公判廷において、当時本件払込みが「見せ金」であるとか、仮装払込みであるとかの認識はなく、本件新株は有効な株式であると思つていた旨供述し、検察官に対する各供述調書中では、本件仮装払込みによる新株が無効であることの確定的な認識があり、発行された株券は紙くず同然の無効な株券であることを十分知つていた旨を供述している。このうち前者の供述は、すでに指摘した諸事情及び本件払込みを有効と信じるに至つた根拠を伴つていないことに照らし、到底措信することはできないが、後者の供述もまた、本件払込みが突然生じた事態に対処するため法律的効果を検討する余裕さえないままに行われたことに照らし、当時の被告人らの認識を正しく述べたものかどうか疑わしい。そうすると、被告人らが、本件払込みがその実質を欠いた仮装払込みであり、その効力について問題があるとの認識のあつたことは十分に肯認できるが、さらにすすんで右仮装払込みによる株式が無効であることの確定的な認識まであつたと認めるについては、合理的な疑いがあるといわざるを得ない。

4  以上のとおりであるから、被告人らは、本件新株が無効であることについては、未必的な認識があり、したがつて、公正証書原本不実記載罪の犯意について錯誤はなかつたと認めるのが相当である。

三  共謀について

1  所論は、被告人伊東、同森下、同橋本には本件新株発行による変更登記の申請をすることについての共謀がなかつたと主張する。

2  そこで、まず、株式払込みと変更登記との法律関係を必要な限度でみると、次のとおりである。

新株引受権を有する者は、定められた申込期日までに、定められた申込証拠金を払い込まなければ、当該新株の引受権を失う(商法二八〇条の五参照)。右の払込みがあつたときは、その申込証拠金は払込期日に払込金に充当され、それ以後、払込取扱銀行は、株式払込金保管証明書を発行する義務を負う(同法一八九条、二八〇条の一四)。払込みのあつた新株は、払込期日の翌日に発行の効力を生じて、新株引受人はこの日から株主となり(同法二八〇条の九第一項)、これにより会社の発行済株式総数、資本の額等に変更を生じる。それらは登記事項とされているので(同法一八八条二項五号、六号)、本店所在地においては、払込期日の翌日から二週間内に変更登記をすることを要し(同法一八八条三項、六七条)、もし取締役等がこれを怠つたときは過料に処せられる(同法四九八条一項一号)。

新株発行による変更登記の申請書には、株式の申込及び引受けを証する書面などと並んで、払込みを取扱つた銀行又は信託会社の払込金の保管に関する証明書つまりは株式払込金保管証明書を添付しなければならない(商業登記法八二条)。

3  一方、前掲各証拠によると、被告人らは、アイデンが新株払込み手続に続きこれを前提とした発行済株式総数の変更登記手続を進めることを当然承知していたと認められる。

すなわち、アイデンにおいては、本件第三者割当増資計画の企画の当初から、右の商法等の定めるところに従い、払込手続終了後は変更登記をすることを予定し、同年二月二八日開催のアイデンの株主総会で取締役及び監査役の変更が決議されたので、新株発行による変更登記も取締役等の変更登記と同時に申請することを予定していた。そして、本件新株の払込み手続が終つた後の昭和五九年三月初めころ、被告人渡邉は、アイデン総務部の職員に対し、新株の発行によつてアイデンの発行済株式総数が一〇〇八万株から二二八八万株に変更された旨の変更登記の申請手続をとるように命じ、同職員において、被告人山内にその旨報告のうえ、同被告人の決裁を得て、被告人山内名義の司法書士に登記申請手続を委任する旨の委任状を作成し、同月八日ころ、右委任状のほか、仮装払込金一六億円を含めた合計三二億円を株式払込金として保管中である旨の株式払込金保管証明書五通などの必要書類を司法書士に届けて登記申請手続を依頼し、右司法書士において、同月九日、東京法務局に新株発行による変更登記申請書を右の株式払込金保管証明書等の書類とともに提出して変更登記申請をした。被告人伊東、同森下、同橋本も、事件仮装払込みの後、右のような変更登記申請がなされることを当然に認識し、それら全体の手続を通じて本件増資が完全に成功したような外観を維持することを期待していたものと認められるのである。

のみならず、被告人らは、右の変更登記のことを特に意識し、登記においても完全に増資が成功したような表示をとりうるよう一致した行動をとつていたと認められる。なるほど、同年二月二〇日ころから二月二四日にかけて、前記一の2の(イ)ないし(ハ)認定のとおり、被告人らが本件仮装払込みについて協議をした際、あるいはその後においても、新株発行による変更登記を申請すること自体について直接具体的な協議、相談等をした事実はなかつたと認められる。

しかし、被告人らは、本件新株の申込期日である同月二四日アイチの本社で右の仮装払込みを合意した際、当日中に申込証拠金である株式払込金相当額を払込取扱銀行に払い込まなければ当該新株の引受権が失権し、株式払込金保管証明書を取ることのできない事態となることを了解したうえ、当日が金曜日であつたことから、遅くとも三日後の月曜日にはアイデンが払込取扱銀行から株式払込金保管証明書を取り、引き続いて払込金を銀行から引出すことができることを確認し合い、株式払込金保管証明書を銀行から取つた後直ちに払込金を引出してアイチ又は被告人森下に返済する約束で合計一二億円の短期融資を受けているのであるから、その際の共通した関心は、新株払込金が全額払い込まれたことを証明する株式払込金保管証明書を取つて変更登記の申請書に添付し、もつて増資が完全に成功したことの外観を登記面でも明らかにすることにあつたというほかはない。すなわち、被告人山内は増資会社アイデンの経営者として、被告人渡邉はアイデン及び新株引受会社アイデン商事の経営者として、被告人伊東は新株引受のあつ旋者及び新株引受会社マルタ(和弘商事名義による。)の経営者として、被告人橋本は新株引受会社東洋電子工業の経営者として、被告人森下はアイデンの大口債権者で新株引受会社(和弘商事名義による。)のアイチの経営者として、それぞれの立場から、アイデン再建の起死回生策として計画された第三者割当増資の成功に重大な関心を有していたところから、一部でも失権株を出せば増資計画の失敗と受け取られて致命的な信用失墜を招き、アイデン倒産という事態に至りかねないことを危惧し、発行予定の新株は一株たりとも欠けることなくすべて払込みが履行されて増資手続が計画どおり成功裡に終了したという外観を作出する必要があると考え、実際に現金を銀行に払い込んで払い込みのあつた外観を作出するとともに、変更登記の申請に必要な株式払込金保管証明書を取得することを可能とし、もつて変更登記の際にもその外観を維持することとしたものと認められるのである。

4  そうすると、被告人らが本件仮装払込みをすることについて合意した際、新株発行による変更登記の申請をすることについても共謀があつたと認めるのが相当である。

第二  詐欺罪について

被告人山内、同渡邉、同伊東及び同橋本は、本件詐欺の外形的事実は認めながらも、犯意及び共謀を否定し、詐欺罪の成立を争つているので、以下これらの点について判断する。

一  犯意について

1  右の各被告人及びその弁護人らは、被告人らは各被害者に担保として提供したアイデンの新株券は有効なものと思つていたから、詐欺の犯意はなかつたと主張する。また、被告人山内及び同渡邉はアイデン商事について、被告人橋本は東洋電子工業について、それぞれ右各社には本件借入金の返済能力があり、被告人らとしては右各社は借入金を返済することができると思つていたから、詐欺の犯意はなかつたと主張する。

2  そこでまず本件新株の担保価値の認識について検討すると、前記第一の二認定のとおり、被告人らは、それぞれが関与した右認定の新株について、それが払込みの実質を欠いた仮装払込みによる株式であり、法律上無効であるとの未必的な認識を有していたと認められる。そうすると、右被告人らは、本件新株券が無効で担保価値のないものであるかもしれないことを認識しながら、これを有効で担保価値に何ら問題のない新株であるように装つて借入れを申し込んだことになるから、担保価値を偽つたことについては確定的に認識していたといわなければならない。

3  次に返済能力及び返済意思の点について検討すると、前記第一の一の3認定のとおり、本件当時アイデン商事及び東洋電子工業の両社とも、多額の債務を抱えて倒産寸前の状態にあり、街金融で手形割引を受けるなどして当座の資金繰りを賄いながら辛うじて経営を続けている状況にあり、確実に債務を返済する能力はなかつたと認められる。そして、被告人渡邉及び同橋本は、右各社のそれぞれ経営者として、被告人山内は、子会社アイデン商事の大口債権者である親会社アイデンの経営者として、右認定の各社の経営状態を知悉していたのであるから、それぞれの会社に確実な債務返済能力のないことも十分認識していたと認められる。

もつとも、被告人橋本及びその弁護人は、本件当時同被告人経営の共同観光開発株式会社(以下「共同観光」という。)を他に売却する交渉を進めており、その売却金で本件借入金を返済する予定であつたから、返済のあてがなくて借入れしたのではないと主張する。前掲各証拠によると、なるほど昭和五八年一二月二七日付の仮契約書で共同観光の株式を総額二九億円余で他に譲渡する旨の仮契約が締結され、本件当時も同契約が存続していたことが認められる。しかし他方、被告人橋本の捜査、公判における供述によると、右の株式譲渡の交渉は、買主から前渡金支払いの担保として受け取った昭和五九年二月五日満期の手形が期日に決済されないなど約束の不履行があつたことから、同年三月になると不安となり、同年五月には仮契約を解除したというのであるから、これによつても、本件当時共同観光の売却交渉が具体化した状況にはなく、したがつて、その売却金を本件借入金返済の確実な源資と見込み得るような状況になく、かつ、被告人橋本も、そのことを十分認識していたことが明らかである。なお、本件各証拠によると、被告人橋本は、本件当時右の共同観光の所有地の一部が日本道路公団の買収予定地になつているので買収が実現すれば五〇億円以上の補償金が入るからと説明したうえ、埼玉銀行熊谷支店に本件新株の払込資金一〇億円の融資を依頼したり、本件の仮装払込みの後被告人山内、同渡邉らに対しアイデンに代位弁済してもらつた一〇億円の返済を約束するなどしていることが認められるほか、この公団による土地買収の件が前記共同観光売却交渉の成否にも関係していると認められるので、この点についても検討しておくと、被告人橋本の捜査、公判における供述によると、公団側との具体的な交渉は昭和六一年六月から始まつたもので、本件当時はいまだ交渉が緒に就いたばかりで具体的な条件の提示や書類交換等に至つていなかつたというのであり、現に前記埼玉銀行も当時同被告人のこの件の説明を確実なものとしては取り上げずに融資を断つていること、一方、公団側との買収交渉が円満に妥結したとしても、引き渡すべき共同観光の土地には多額の抵当権が設定されているので引渡前にこれを解除しておく必要があつたというのであるから、被告人橋本の供述自体からしても、本件当時右の補償金を債務返済の確実な源資と見込み得るような状況にはなく、被告人橋本もそのことは十分承知していたと認められる。

また、被告人山内及び同渡邉は、当公判廷において、本件払込みの後アイデンがアイチに代位弁済した前記一〇億円が被告人橋本から早急に返済されることを予定し、これを本件借入金の返済資金に充てようと考えており、返済のあてがないとは思つていなかつたと供述している。しかし、本件当時被告人橋本が確実に一〇億円もの資金を調達できるような状況になかつたことは前記認定のとおりであり、さらに前記第一の一の4認定のとおり、そもそも同被告人にはアイデンにすすんで一〇億円を返済しようとの意思さえなかつたと認められる。そして、被告人山内及び同渡邉は、本件払込終了後被告人伊東を介して被告人橋本に一〇億円の返済を頻りに督促したものの、確かな応答もなく、そのうち被告人橋本が本件払込みが仮装ではないかと疑つている新聞記者に株券を見せる必要があると言つてきたので、アイデンが保管中の東洋電子工業名義の株券を同被告人に渡したものの、やがて同被告人がその一部を市場で売却処分していることが判明したため、急きよ残りの株券を取り戻すなどしているのであるから、被告人山内及び同渡邉が本件当時被告人橋本から一〇億円を返済されることを期待していたとはいえても、その返済が確実であると考えていたものでないことは明らかというべきである。

4  以上いずれの点から検討しても、被告人らに詐欺の犯意のあつたことが認められるから、犯意がなかつたとの所論は理由がない。

二 被告人山内の共謀について(判示第四の五の詐欺に関するもの)

1  被告人山内は、当公判廷において、自分は、アイデンの給与資金の調達を被告人渡邉に指示したにとどまり、それ以上資金調達の方法や国際アイ株式会社(以下「国際アイ」という。)から借りることなどの相談はしていない旨供述し、共謀の成立を争つている。

2  そこで検討すると、本件国際アイに関する詐欺は、被告人山内の右供述のとおり、アイデンの給与資金調達の必要から敢行されたことが明らかであるから、まず、前掲各証拠によつて、その際の被告人らの資金繰り検討の状況等をみると、次のとおり認められる。

すなわち、昭和五九年二月二五日アイデンの本件三二億円の増資が実施されたが、既に認定したとおりそのうちの一六億円(六四〇万株分)が仮装払込みであつたため会社資金として使用することができず、実際に払込みのあつた一六億円もその後手形決済資金や借入金返済等に充てられたので、同年三月二〇日過ぎのアイデンの手持資金は約二八〇〇万円程度しかなく、このため同社としては、同月二四日に支給予定の社員給与約六二〇〇万円及び賞与約五八〇〇万円の合計約一億二〇〇〇万円の資金捻出に苦慮することとなつた。そこで、同月二一日ころ、被告人山内、同渡邉、アイデン経理部長の玉置守らは、アイデン社長室において、右の給与資金の資金繰りを相談し、その際、被告人渡邉が資金調達が難しいとして賞与の支給延期を提案したのに対し、被告人山内、玉置がアイデンには増資資金が残つているという建前になつている以上組合員等に説明がつかないとして反対し、さらに検討のうえ、予定どおり給与及び賞与の支給を実施することとし、その資金は、アイデン商事が金策をしたうえ、これをアイデンに対する借入金の返済として同社に入金する方法で手当てをすることを決めた。一方、国際アイとの借入交渉は、これより前に被告人渡邉から融資あつ旋の依頼を受けた他の者によつて進められていたが、右資金繰りの検討が行われたときまでには、いまだ被告人渡邉にその報告が届いていなかつたので、右検討の席上で借入先会社やその他具体的な借入条件が相談されることはなかつた。

また、アイデン商事が一億円余の金策をするとしても、当時同社には他に提供できるような担保は何もないという状況にあり、そのことは、被告人渡邉はもとより、被告人山内も十分認識していた。そして、右の資金繰り検討の席に臨んだ被告人渡邉も、金策の方法については、アイデン商事が保管中の同社名義又はタモン名義の新株券を使用して資金を得る方針であつた。そして、前記第一の一の3認定のとおり、アイデン商事が右の方法で資金を調達することについては、もともと本件増資計画の当初から被告人山内もこれを承知していたものと認められる。

さらに、被告人山内(昭和六〇年九月二一日付)、同渡邉(同月二五日付)及び玉置守(同月一四日付)の検察官に対する各供述調書によると、右の資金繰りの席でアイデン商事が給与資金の金策をすることを決定した際、被告人渡邉は、被告人山内、玉置らに対し、アイデン商事のアイデン新株を担保に入れて二三日までに一億円位を調達しその金をアイデンへの借入金返済として入金する旨言明して約束し、被告人山内がこれを了承し、本件借入実行の前日には、被告人渡邉及び玉置は、被告人山内に対し、借入先が国際アイであり、同社から新株六〇万株を担保に一億円を借りるので、翌日の給与支給日には間違いなく入金できる旨の電話連絡をしているのであるから、被告人山内が本件詐欺の犯行の概要を事前に承知していたことは明らかである。

3  以上によると、被告人山内の供述のとおり、同被告人は資金調達を指示したにとどまり、それ以上具体的な相談はしていないとしても、前記資金繰り検討の席で被告人渡邉との間に、アイデン商事が保管中のアイデンの新株券を担保に提供して借入れをすることについて共謀が成立したものと認められる。

三 被告人伊東の共謀について(判示第四の五の詐欺に関するもの)

1  被告人伊東及びその弁護人は、同被告人は本件借入れに全く関与していないから無罪であると主張する。

2  前掲各証拠によつて、本件借入れが実行されるまでの主要な経緯をみると、次のとおりと認められ、右事実については被告人伊東も争わない。

すなわち、昭和五九年三月初めころ、被告人伊東は、同被告人のもとで仕事をしていた秋山利暁に対しアイデン新株を担保とする融資先を探すよう指示した。そこで秋山は、知人の大橋一隆を被告人伊東に引き合わせ、大橋から遠矢健一を、遠矢から田中源造を順次被告人伊東に紹介した。そして、被告人伊東は、同月一三日ころ、秋山と共に、都内銀座のホテルで大橋、遠矢、田中と会い、田中にアイデン新株を担保とする融資を依頼した。一方、田中は、右依頼を受けて国際アイ代表取締役の古澤久榮と交渉を進め、同月一九日ころ、一〇〇万株位を担保とする融資の話が具体化し、さらに同月二一日には、一〇〇万株を時価四掛の担保評価で融資することが内定し、その旨田中から秋山に伝えられた。

これを聞いた被告人渡邉は、それまでにアイデン商事名義の新株を他に担保提供していたため、当時タモン名義のものも併せて合計八〇万株位しか残つていなかつたので、国際アイにはそのうち六〇万株を提供することとし、その旨秋山を介して国際アイに伝えた。そして同月二四日、本件借入れが実行された。

3  弁護人は、そもそも被告人伊東は被告人渡邉から新株を担保とする金融あつ旋の依頼を受けた事実がなく、また、当時被告人伊東はアイデンに返済すべき自己の五億円の金策に追われていて被告人渡邉からそのような依頼を受けても承諾できる状況にはなかつたという。

確かに、被告人伊東は、本件増資に際し、アイデン振出の手形を担保に差し入れて他から五億円を借り受けたうえ、これを和弘商事名義二〇〇万株の払込資金に充てており、三月末に右手形の期日がくることから、アイデンに返済することを約束した右五億円の資金調達に追われていたことが認められる。

しかし、それまでの被告人伊東とアイデン及びアイデン商事との関係をみると、前判示認定のとおり、同被告人は、昭和五八年八月以降、アイデンに取引先会社や提携先会社を紹介したにとどまらず、被告人渡邉に頼まれて、アイデン及びアイデン商事の手形割引の仲介をして資金繰りに協力し、さらに本件第三者割当増資に際しては、新株引受人のあつ旋をしたうえ、本件仮装払込みに協力したものであり、一方、このような経緯のもとに、アイデンから本件犯行時までに、右の新株引受人あつ旋の謝礼として合計一億二〇〇〇万円の、アイチへの手形割引の仲介の謝礼として一〇〇〇万円のそれぞれ同年四月以降満期のアイデン振出の手形を受け取つていたほか、右のとおり、本件増資に際し同被告人経営のマルタが和弘商事名義で二〇〇万株の払込みをしており、アイデンの株主であつたことが明らかである。

このような事実からすると、金策に窮した被告人渡邉が被告人伊東に金融先の紹介を頼むのは極く自然な成行きであり、一方、被告人伊東においても、いかに自己の金策に追われていたとはいえ、その当時もなおアイデン及びアイデン商事の浮沈に深い利害関係があつたのであるから、被告人渡邉から右のような依頼があれば当然これに応じ、自己の金策と併せてアイデン商事の金策にも協力する立場にあつたと考えられる。

4  弁護人はまた、本件借入れは、被告人渡邉が秋山に直接融資依頼をしたことにより実現したというのが真相であると主張する。

なるほど本件当時秋山はアイデン商事社長付という肩書の名刺をもつて同社の取引先の資金運用を監視するなどの仕事をしていたことは認められるが、もともと同人は被告人伊東から毎月の手当を受け、マルタの企画部長という肩書で主に同被告人の指示、依頼に基づいて働いていた人物であり、もとより本件以前に被告人渡邉から直接に金策の依頼を受けることなどはなかつたと認められる。したがつて、被告人渡邉が、本件借入れに限つて、被告人伊東を除外して直接秋山に依頼したとは到底考えられない。

そして、信用性に疑いのない田中源造及び秋山利暁の検察官に対する各供述調書によると、被告人伊東が秋山と共に、前記銀座のホテルで田中らと会談した際、同被告人は、自己がアイデンやアイデン商事に深い関わりのある者であることを強調したうえ、アイデン商事が資金繰りに困つていることを説明し、マルタの分二〇〇万株のほか被告人渡邉から頼まれた新株の分も含む趣旨で、株券は二〇〇万株でも三〇〇万株でもあるからできれば八億円位、取り敢えずは五億円位をお願いする旨述べて、自己の五億円の融資と併せてアイデン商事の分の融資も依頼したことが認められる。

したがつて、被告人渡邉から依頼はなかつたという主張は理由がない。

5  さらに被告人伊東は、本件借入れの交渉経過は全く聞いていないし、借入実行後にアイデン商事が新株を担保に国際アイから一億円余を借りたことを聞いて知つた旨当公判廷で供述している。

しかし、前記の田中源造及び秋山利暁の検察官に対する各供述調書によると、国際アイの古澤久榮と直接交渉をした田中は、その経過を秋山に知らせるとともに、重要な事項については被告人伊東本人に直接伝え、一方、秋山は、田中から聞いたところを逐一被告人伊東に報告していたことが認められる。

加えて、本件借入実行後被告人渡邉が借入先を紹介してくれた大橋一隆に支払う手数料の相談を被告人伊東に持ちかけたことが明らかであるが、これは被告人伊東が本件借入れに関与したことを端的に示す証左というべきである。

したがつて、被告人伊東の右供述は信用することができない。

6  以上に加えて、被告人伊東は、捜査段階では、本件詐欺の犯行について具体的かつ詳細に供述し、被告人渡邉の依頼を受けて秋山に金融先を探すことを指示し、その後大橋、遠矢らを介して紹介された田中にアイデン商事の分と自己の分の双方の融資を頼み、その後の交渉は秋山らに任せる一方、田中は必ずしもあてにはできないと思い、自己の分は別に大橋に依頼して新株の処分先を探すなどし、そのうち国際アイとの借入交渉が具体化し借入条件等が内定したので、三月二二日ころ、自ら被告人渡邉にその旨伝えて国際アイから融資を受けることを確認し、国際アイとの現金引渡しには秋山に立会を命じたうえ、借入実行の当日秋山から予定どおり借入れが終了した旨報告を受けた旨供述している(同被告人の昭和六〇年九月二五日付検察官に対する供述調書)。そして、右供述は、その具体的かつ詳細な内容に照らすと、同被告人が当公判廷で述べるように取調官の一方的な押付けや誘導によるものとは考えられない。

7  結局、前掲各証拠によると、本件詐欺については、昭和五九年三月二一日ころアイデンの給与資金の資金繰り検討の際に被告人山内と被告人渡邉の間に共謀が成立し、次いで同月二二日ころ被告人伊東から被告人渡邉に国際アイからの借入れが内定した旨連絡があつた際に右両者の間にも共謀が成立したものと認められる。

(法令の適用)

被告人五名の判示第四の罪となるべき事実一の所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも刑法六〇条、一五七条一項、罪金等臨時措置法三条一項一号に、同行使の点はいずれも刑法六〇条、一五八条一項、一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人渡邉の同事実二及び三の各所為並びに被告人橋本の同事実四の1及び2の各所為はいずれも刑法二四六条一項に、被告人山内、同渡邉及び同伊東の同事実五の所為はいずれも同法六〇条、二四六条一項に該当するが、被告人五名の同事実一の公正証書原本不実記載と同行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断し、各被告人につき所定刑中懲役刑を選択し、被告人山内及び同伊東の同事実一及び五の各罪、被告人渡邉の同事実一ないし三及び五の各罪、被告人橋本の同事実一並びに四の1及び2の各罪はそれぞれ同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により被告人山内及び同伊東については重い同事実五の罪の刑、被告人渡邉については刑及び犯情の最も重い同事実三の罪の刑、被告人橋本については刑及び犯情の最も重い同事実四の2の罪の刑にそれぞれ法定の加重をし、以上の各刑期の範囲内で被告人山内を懲役二年六月に、被告人渡邉を懲役三年に、被告人伊東を懲役二年に、被告人森下を懲役一年に、被告人橋本を懲役一年六月にそれぞれ処し、同法二一条を適用して被告人山内及び同渡邉に対し未決勾留日数中各四〇日をそれぞれその刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から、被告人伊東及び同橋本に対し各三年間、被告人森下に対し二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

(量刑の理由)

一  本件は、東京証券取引所第二部上場会社であつたアイデンの不正増資に係る公正証書原本不実記載、同行使及び詐欺の事案である。

まず、本件公正証書原本不実記載、同行使の犯行は、アイデンの経営者又はその関係者であつた被告人らが、アイデンの経営危機を打開するため、第三者割当増資によつて会社資金を調達することを計画したが、増資の実施に際し、割当先のうちアイデン商事など二社において株式の払込資金を調達できなかつたことから、共謀のうえ、払込みを仮装して既に公表した計画のとおり増資が実現したかのような外観を作ることを企て、アイチ等から一時的に資金を借用して払込みを仮装し、新株発行による内容虚偽の変更登記を申請するなどしたというものであり、そもそも上場会社が本件のような不正増資をしたということ自体過去に例を見ないものであるうえ、本件の仮装額は増資総額三二億円の半分である一六億円に及び、これにより発行された無効の株券は合計六四〇万株で、同社の発行済株式総数の約二八パーセントにあたり、しかも、そのうちの合計一〇四万株余りが後に市場で取引きされている。そして、アイデンが本件増資の約二か月後に九〇億円以上の負債を抱えて倒産したことにより、本件詐欺の被害者のほか、本件増資が成功しアイデンの経営再建が成るものと信じて取引きをした一般投資家や債権者、さらには本件増資に際し真実有効な払込みをした出資者は、それぞれ多額の損害を受けるに至つたものであり、このように被告人らは、アイデンの発行済株式総数につき虚偽不実の登記記載をさせるなどしたというにとどまらず、広範囲の者に重大かつ深刻な実害を与えたものであるから、犯情は甚だ悪質である。

また、本件詐欺の犯行は、被告人森下を除くその余の被告人らが、本件仮装払込みによつて発行された無効の株券を担保に供して借入名下に金融会社四社から金員を騙取したというものであり、被害額も合計五億六二〇〇万円余と多額であつて、犯情はよくない。

二  しかし、他面、被告人らは、株式申込期日の当日又は数日前にアイデン商事等が払込資金を調達できなくなつたという事態に直面し、急きよ協議のうえ、失権株を出すことにより予想されるアイデンの致命的な信用失墜の事態を回避するため、仮装払込みをして本件に至つたというものであり、増資計画立案の当初から詐欺等の犯行に及ぶことを企図して不正増資を行つたわけではない。もともと、本件の増資計画自体、証券会社から中止勧告を受けたことからも明らかなとおり、杜撰で問題の多いものであつたが、それにしても右の点は犯情として考慮してしかるべきである。また、詐欺の犯行も、被告人らの経営する会社の資金繰りの必要に迫られ、会社の倒産回避のために敢行された事案であつて、当時の被告人らの立場を理解できないわけではないから、このことも酌量すべき事情たるを失わない。

三  以上の本件の一般的な情状を基礎として各被告人の量刑を検討する。

1  被告人山内は、アイデンの代表取締役社長として、社会的信用の大きい上場会社の最高経営責任者の地位にありながら、アイデンの増資計画の実施に際し、失権株を出すことによる同社の信用失墜を危惧する余り、本件の不正増資を最終的に決定し、公正証書原本不実記載、同行使に及んで本件の重大な結果を招来したうえ、被告人渡邉らとともに国際アイに対する詐欺の犯行にも及んで同社に多額の損害を与え、現在もなお約四〇〇〇万円の被害を残し、同社側が担保として提供を受けた無効株券のうち五二万六〇〇〇株を市場で売却したことによつて被害を一般投資家に転嫁する結果を惹き起こしたものであるから、その刑責は誠に重大である。他方、本件各犯行はアイデンの倒産回避及び同社の給与資金調達の必要から敢行したものであること、国際アイに一〇〇〇万円の被害弁償をしていること、本件の後実父と二代にわたつて経営してきたアイデンが倒産し、さらに本件が摘発されたことによつて、これまで築き上げてきた社会的地位、名声等を失うなど既に相当の不利益ないし社会的制裁を受けていること、その他前科、前歴もなく、現在では改悛の態度も顕著であること、元アイデンの従業員らと共に新会社を設立すべく準備中であることなど有利な事情も認められるが、そのような事情を斟酌しても、同被告人に対しては、相応の実刑で臨むことはやむを得ないと思料される。

2  被告人渡邉は、アイデンの常務取締役であるとともに、アイデン商事の代表取締役として、アイデン内で被告人山内に次ぐ経営首脳の地位にあり、本件においても、被告人山内を補佐しつつ、本件第三者割当増資を統括し、アイデン商事等において払込資金の調達が不能となるや、本件の共犯者らに働きかけるなどして本件不正増資を積極的に推進し、その中心的役割を果たしたほか、三件の詐欺の犯行を遂行し、被害会社三社等に今なお合計約三億八〇〇〇万円の損害を与えているのであるから、同被告人の刑責は被告人山内のそれ以上に重大である。他方、被告人渡邉においても、アイデン及びアイデン商事の経営存続のため本件各犯行に及んだものであること、詐欺の被害会社等に合計一四〇〇万円余りを弁償するなど被害の回復に誠意を尽くしていること、アイデンの倒産により自己の主要な資産も失つたほか、本件により社会的地位等をも失うなど既に相応の不利益、社会的制裁を受けていること、その他前科、前歴もなく、現在では改悛の態度も顕著であることなど有利な事情もあるので、これを斟酌したうえ、同被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。

3  被告人伊東は、被告人渡邉に第三者割当増資の話を持ちかけて本件の発端を作るとともに、アイデンから払込金額の五パーセントの謝礼を得る目的で、アイチ等からの一時借入れの仲介をして合計一五億円分の不正増資に積極的に関与するなど本件で枢要な役割を果たしたうえ、実際にも一億二〇〇〇万円の謝礼を受領しており、さらに被告人渡邉の依頼を受けて、本件無効株券を担保とする金融先として国際アイを紹介し、同社に対する詐欺の犯行に加功したものであるから、その刑責は重いというべきであり、被告人森下は、自己の経営するアイチのアイデン及びアイデン商事に対する債権の保全、回収等を図るために、すすんで合計一二億円を一時融資するなどして本件不正増資の遂行に協力したものであり、同被告人の資金力なくしては本件不正増資もなかつたといつても過言ではなく、その果たした役割は大きかつたから、被告人森下の刑責も軽視することはできず、被告人橋本は、株券の売却等によつて利益を得ようとの思惑から、東洋電子工業名義で一〇億円の新株を引き受けておきながら、その後払込資金を調達できなかつたのに、株式申込期日の当日まで放置し、これが本件不正増資の実質的な契機となつたものであり、さらに本件増資後詐言を用いてアイデンから東洋電子工業名義の無効の株券を入手し、これを担保に利用して株式会社協栄に対する詐欺の犯行に及んだものであるから、被告人橋本の刑責も重いというべきである。他方、右被告人三名は、本件の不正増資及びこれに基づく公正証書原本不実記載、同行使の犯行については、それぞれの利害からその遂行に協力したものであつて、アイデンの経営者として右不正増資等を決断した被告人山内及び同渡邉とは、自ずからその刑責には違いのあること、アイデンの倒産によりそれぞれ財産上の損失を受けているほか、既に相応の社会的制裁も受けていること、被告人伊東は公職選挙法違反の罰金前科一犯及び詐欺等の執行猶予付懲役刑の前科一犯が、被告人森下は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反等の執行猶予付懲役刑(うち一つは罰金刑併科)の前科二犯がある以外は前科がなく、被告人橋本は前科がないこと、被告人伊東は当公判廷で詐欺につき不自然な弁解をして犯行を否認しているが、全体的に反省の態度を窮うことはでき、被告人森下は本件の後アイチの取締役を辞任するなどして謹慎、反省の態度を示し、被告人橋本も改悛の態度を示していることなど右被告人らに有利な事情も認められるので、このような事情を斟酌したうえ、右被告人三名については、いずれもその刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官香城敏麿 裁判官出田孝一 裁判官伊名波宏仁)

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